GLAYと言う"生きがい"

G★S管理人のエッセイ
(2002年から連載、更新停滞で未完結・・・汗)
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プロローグ
GLAYと出会い、早5年。
GLAYを知り初めて心から趣味と言えるものができました。
もし、GLAYと出会っていなかったら・・・。
本当に、つまらない人生だったでしょう。
たくさんのパワーをもらい、たくさんの友と出会い、
そしてGLAY★SHIPという自分の居場所を得ることができた。
GLAYとの出会いに心から感謝します。
そんな私のGLAY史をお粗末な文章ですが綴って行きたいと思います。

少しでも共感していただけたら光栄です。

2002/5/6
GLAY★SHIP
管理人・ゆき
| GLAYエッセイ | 12:42 | comments(7) | trackbacks(105)
第一話「ゴング」
97/8/6「HOWEVER」発売。
私は、この頃「HOWEVER」のCMでTERUに一目惚れし、この曲に衝撃を受ける。
「グロリアス」や「BELOVED」は耳に届いていたものの私は、まだGLAYを知らずにいました。
当時、私は30歳。息子も、まだ小さく、音楽番組は、おろかCDSHOPにも無縁の日々。衝撃を受けながらもCDを買いに走るという事は、ありませんでした。
そんな中、ふと手にした雑誌で「REVIEW」の発売を知る。
(お得だな〜欲しいな〜)
それでもまだ「主婦がビジュアル系バンドを好きだなんて誰にも言えないな〜」と迷っていました。
その頃はGLAYを「ヘヴィで、ちょっと危険な人達」(笑)と誤解していたからです。
そんな時、見た"ミュージックステーション"でのタモさんとのトーク。
「な〜んだ!いい人達じゃ〜ん!」
テレビに向って1人叫んだのを今でも覚えています。
曲だけでなく、TERUの顔だけでなく(笑)バンドそのものを好きになった瞬間でした。
そして97/9/30「REVIEW」発売日前日。
朝の情報番組で"REVIEWの出荷枚数が記録的な数"とのニュースを報じていました。
(やっぱりスゴイんだ〜)
朝食を摂る夫の横で頭の中は、もう、その事でいっぱいです。
すると夫が
「こいつらすごいんだってな〜!」
と言ったのです。
邦楽アーティストを殆ど褒めない彼が、妻が、そいつらに夢中でいると知らない彼が、です。
その時、私の中で何かが、はじけました。
何か、こう、夫に私の主婦らしくない行動を認めてもらえたような、そんな気がしたからです。
「REVIEWを買いに行こう。」
心の中は決まっていました。

今、思えば、その一言が、それ以降、永遠に続くであろう、GLAY生活への「ゴング」だったのかもしれません。
| GLAYエッセイ | 12:47 | comments(1) | trackbacks(0)
第二話「いくつもの偶然」
97/10/1。「REVIEW」を購入するべくCDSHOPへ。
店内は私1人。それでも「REVIEW」を手にレジへ行く事に躊躇していると店員さんが何やら切羽詰まった声で電話をしています。
「GLAYのBESTすごい売れ行きなんです!早く追加の分、入荷してくれないとなくなっちゃうんですよ!」
どうやら、すごい事になってるらしい。その騒ぎに紛れ、あっけなく精算終了。とうとう買ってしまいました。
最初は「HOWEVER」ばかり聴いていました。
その内、少し知っている「グロリアス・BELOVED」も聴くようになり、その3曲ばかり何度も何度も聴いていました。
他の曲は、なんだか馴染めなかったのです。
でも家事をしながら聴いていたので手が空かず「グロリアス」のあと「BELOVED」に飛ばせず自然と全曲聴くようになりました。気が付いたら全部好きになっていました。
ある日、車のラジオから聴き慣れた声が・・・。「TERUだ!知らない曲!すごいいい曲!」思わず叫んでいました。
その曲は「カナリア」でした。
TERUの歌声は「REVIEW」だけで満足していた私を再びCDSHOPへ走らせました。
そして私は更にGLAYの楽曲の素晴らしさを知ります。

その頃、息子が寝ついてから夫と2人で時々ドライブに行っていました。
その日もラーメン店探索を目当てに外出。横浜市内の初めて行った土地のお店に行きました。ラーメンを食べ終え飲み物を買いにコンビニへ。
雑誌コーナーに、ふと目をやるとTERUが表紙の雑誌が!
97/11発売の「POPBEAT 12月号」でした。フミヤさんとのツーショットの表紙のやつです。
「こんな雑誌が、あるんだ!」
当時、音楽雑誌の存在を知らなかった私は、この雑誌をきっかけに音楽雑誌を買いあさり、読みあさりました。
GLAYの全てが知りたかったのです。遅すぎた出逢いをうらめしく思ったのは言うまでもありません。
しかし「POPBEAT」系の音楽雑誌がコンビニに置かれているのを見たのは後にも先にも、その時だけです。
本当に嬉しい偶然でした。

あの日、店員さんが電話をしていなかったら「REVIEW」を買えずにいたかもしれない。
あの時、ラジオから「カナリア」が流れてこなかったら、「REVIEW」しか聴かなかったかもしれない。
あの夜、あのコンビニで「POPBEAT」を目にすることができなかったらGLAYをよく知らずに終わっていたかもしれません。

いくつもの偶然が重なり、私は、見えない力に引っ張られ、物凄い勢いでGLAYの世界に入って行くのでした。
| GLAYエッセイ | 12:50 | comments(1) | trackbacks(0)
第三話「運命の?分かれ道」
98/2/9。息子の誕生日に私の父が亡くなりました。
その頃、私は正社員としてある会社に勤めていたのですが仕事に馴染めず出社拒否症に悩まされていました。そんなこともあり忌引を含め多めに休みを取りました。
葬儀も終わり時間ができると思い出すのは、やはりGLAYのことです。
前から欲しかったライブビデオを買いに行きました。私が初めて買ったビデオは[HIT THE WORLD 〜GLAY Arena Tour '97 at YOYOGIDAIICHITAIIKUKAN]。
ライブの素晴らしさも然る事ながら圧倒されたのは会場を、いっぱいに埋め尽くしたファン!私も同じ時空間で、みんなと一緒にGLAYの良さを分かち合いたい!と強く思いました。
(ライブへ行くにはファンクラブに入らなければ・・・)
ためらっていたファンクラブの入会手続きを即、とりました。残念ながら[TDK presents GLAY TOUR '98 pure soul]には間に合いませんでしたが、[pure soul in STADIUM "SUMMER of '98"]のチケット先行予約のチラシが入っていました。
先行なのに電話予約という点に一抹の不安がよぎりましたが、やっぱりファンクラブは、すごいなぁと思いました。

そして電話予約当日。
思っていた通りなかなかつながりません。
そうこうしている内に夫が帰宅。食事の支度やらで電話どころではありません。
(やっぱり私にはファンを続けていくのは無理なんだな・・・)
悔しさのあまり、そんな事を考え始めていました。

電話予約から2時間が経過。既に売り切れているだろうと思いました。
(もう、ファンはやめよう)心の中で呟きました。

電話予約終了30分前。
売り切れのアナウンスでも聞こうかと軽い気持ちでかけてみました。
「こちらは○○チケットです。GLAY〜のチケットのご予約を承ります・・・。」
「つ、つながった!」
震える手で予約番号を控え、チケ取り終了!
「やった―――っ!!」
電話の前で超巨大ガッツポーズ!!こんなにも嬉しかった事って今までにあっただろうか?というくらい嬉しかったです。

ライブは9月5日[西武球場]。
ライブビデオに入っていたツアースケジュールを冷蔵庫に貼り「今日は、ここにいるんだな〜」と毎日、毎日長めながら初ライブを待ちわびていました。

GLAYと言う名の船に駆け込み乗船した私。
この日、この港から出る便に乗りそびれていたら、今日の私は、なかっただろう。
普段は、あまりよくない私の"運"に感謝する。
| GLAYエッセイ | 12:53 | comments(1) | trackbacks(0)
第四話「初ライブ、そして」
記念すべき初ライブ当日。
相方が夫ということもあり、家を出発してもなかなか実感が湧いてきません。
その頃の私にはGLAYの良さを分かち合う友達が1人もいなかったのです。
新宿駅に着いた時、コスさんを発見!ようやく本当にGLAYのライブに行けるのだという実感が湧いてきました。
そしてライブ会場の西武球場に到着。
ほとんどの人が友達と来ていて本当に楽しそう。
私はというと、無言でグッズの列に並び、無言で席に着き、無言で開演時間を待っていました。
楽しいはずなのに本当に暗かったです・・・。
相方の夫はというと、A型の彼らしく食べ物や飲み物の心配、トイレの場所の確認と忙しくしておりました。(笑)
開演時間になりスクリーンにTERUの姿が!
一瞬VTRかと思いましたが、すぐに舞台裏の様子を写していることに気付き思わず「生だ!」と叫ぶや否や私の目からは滝のような涙が・・・。
曲が始まり私も、みんなに合わせて手を大きく振りました。ようやく私もライブビデオで何度も見た、あの光景の仲間入りです。
このスタジアムツアーのオープニングの演出は本当に感動的で、今でもその光景が目に焼きついています。

翌日、私は完全な"フヌケ"状態でした。
もちろんファイナルのチケットなどあるはずもなく、ボケーっとしていました。
「今度はいつ逢えるんだろう・・・」
頭の中はGLAYとTERUのことでいっぱいです。淋しくて淋しくてたまりませんでした。
ボーっとしながらCDを聴きビデオを見ながらライブの帰りに買った"日経エンタテイメント!"のアンケートを書いていました。GLAYが表紙と巻頭の号です。
アンケート用紙をFAXで送信し、しばらくすると電話が鳴りました。
出てみてビックリ!なんと"日経エンタテイメント!"の編集部の方からでした。

「アンケートありがとうございました。今日は編集部はお休みなんですが1人で留守番をしていたところにFAXが流れて来たんで・・・ライブどうでした?」
「もう〜オープニングの演出が最高でした!」
「僕は真駒内で見たんですが、すごい盛り上がりでした〜ところで今回のGLAYの記事でどれがよかったですか?」
「井ノ口社長の記事が読みたくて買ったんです」
「ほぉ〜それは通ですね!主婦のファンの方多いですね」
「私まだ友達がいないんですよ〜だから淋しくて・・・」
「TERU MEのHPとかの掲示板には40代50代の人も来てますよ!頑張って!」
「そうなんですか?ありがとうございます!」
「今〜手元にGLAYのポラがあるんですよ〜プレゼントの・・・」
「えっ!?ください!内密に!」
「いや、やはりこれは抽選ということで・・・楽しみにしていて下さい!」

ちょっと、がっかりしましたが、彼との会話でだいぶ元気が出てきました。

本当の"フヌケ"状態から脱出させてくれたのは、やはり彼。TERUでした。
スタジアムツアー終了後、最初の水曜日。
「TERU ME NIGHT GLAY」
BAY FMの受信は無理だと思い、それまでずっと聴いていなかったのですがラジカセを外に出すとキレイに入ることがわかったのです。
ベランダでヘッドフォンをし暗闇で、じっとしているのは変体のようで少々嫌でしたが・・・。
この日の話題はファイナル後、東京へ戻るまでの、お話でした。
古いワゴン車にTAKURO・HISASHI TERU・JIROと分かれて乗り込みアマチュア時代にお世話になった貸しスタジオのマスター一家に会いに行ったと言うのです。
そして、その後はTAKURO宅で飲み会。TERUは明日のレコーディングに備えて帰宅。
それを方言混じりに楽しそうに話すTERU。

私の想像とまるで違いました。
GLAYご一行は高級外車に乗り込み行きつけの高級クラブで派手に打ち上げ。そしてメンバーは仕事を離れると口も聞かずに、それぞれ海外のバカンスに飛び立つ。
なんだか漠然とそんな風に勝手に想像し手の届かない別の世界の人達なのだろうと思い淋しかったのです。
それがどうでしょう・・・。
なんて素朴なんでしょう。なんて義理堅いのでしょう。
ライブの翌日にレコーディング?
なんてありがたいのでしょう・・・。

この時、ふと何かの雑誌に載っていたD.I.E.ちゃんのメンバーへの言葉を思い出しました。
"周りの状況は変わったけれど、中にいる6人の関係は全然変わらない。函館から持ってきた自分達のカッコ良い部分、カッコ悪い部分を宝物のように大切にしてる― それがとても嬉しい―"と・・・。
| GLAYエッセイ | 12:55 | comments(0) | trackbacks(0)
第五話「初めてのGLAY友」
初ライブ1週間後の1998/9/12。日比谷野外音楽堂にてFC限定ライブが開催されました。
もちろんチケットなんてありません。
初ライブで完全にGLAYにノックアウトされた私は、ここでまたまた私らしくない行動に出ます。
それは「音漏れ」を聴きに行く!ということです。
今回の相方は当時、小学校4年生だった息子。チケットも無いのに会場に行く。
今までの私の中では考え付かなかった行為です。
出発直前まで迷っていたせいか日比谷に着いた時には既にライブが始まっていました。地下鉄の階段を上がると「春を愛する人」が聴こえてきました。生"春を愛する人"を聴いたとたん、くだらない迷いが吹き飛び息子の手を引き大声で歌いながら会場へ走りました。
会場へ着いてビックリ!野音の回りをぐるっと囲むように大勢のファンが音漏れを聴きにきていました。野音のキャパの倍近くの人数だったのではないでしょうか。ハードな曲になるとみんなが一斉にノリ出すので地面が揺れる!改めてGLAYの凄さを感じました。
回りを見渡すと少しお年を召された方々もチラホラ。私のように子連れの方々もいらっしゃいました。
日経エンタの編集部の方から励まされたこと(第四話参照)を思い出し友達作りに精を出そうと意気込みましたが、ほとんどの人が友達同士で来ていたので勇気が出ませんでした。
そうこうしている内にライブ終了。最後にはD.I.Eちゃんの脱退が発表されました。
こうして私のGLAY友作りは失敗に終わりました。(T_T)

その後「じゃまーる」という雑誌の存在を知ります。
今でいう出会い系サイトの雑誌版のようなものです。ジャンルも様々でGLAY友募集の記事もありました。記事はたくさんあったのですがピンと来る人がおらず数号立ち読みをするだけで終わりました。
本屋さんで最新号をチェックしよとすると「ママじゃまーる」という雑誌を見つけました。タイトルでお分かりの通り「じゃまーる」のママさん版です。
ペラペラとページをめくると、ありました!GLAY友募集の記事が!何件かあった記事の内の一つに吸い寄せられました。札幌在住で同い年。子供の性別は違うものの1歳違い。なんだか親近感が湧き、この号を即購入しました。
いざ手紙を書こうとすると可愛らしいレターセットがない!溢れる想いを早く書き綴りたくてたまらなかった私はレターセットを買う間も待てず地味〜な便箋に黒のボールペンでお手紙を書いてしまいました・・・。
お便りを出すこと数日、待ちに待ったお返事が届きました。
なんと彼女はお手製のGLAY封筒、GLAY便箋でお返事をくれたのです。
私にとって初めての"GLAY友"との交流です。GLAYの良さを語り合う・・・ほんとにほんとに楽しかった。そして「FMロックキッズ」の頃からの地元ファンという彼女は私が知らない色んな事を教えてくれました。
それからというもの毎日のように手紙をやりとりしていました。FAXやショートメールでのやりとりも取り入れてクリスマスやお正月に挨拶を交わしたりGLAYが出ているテレビを見ながらのリアルタイムのやりとりも本当に嬉しかった。
久しぶりの私、個人としての楽しみ・・・なんだかダラダラと過ごしていた生活に張りが出ました。結婚してから友達がいなかったわけではないけれど、気の合う人が見つからなかったし、ずっと「妻と母」の顔しかなかったんだなと気付きました。
情報交換も盛んでした。当時、彼女も私もパソコンを持っていなかったし、i-modeもない時代で新しい情報をつかむのは一苦労!
お互い知り得た情報は、即、知らせ合う。その情報は、どこで知ったのか?確かな情報か、不確かな情報なのか?公式なものなのか?まで事細かに教え合っていました。

そんな彼女との情報交換。これが"GLAY★SHIP"の原型、原点です。

彼女と出逢い、私、個人として色んな事を語り合い、お互いを認め合えた事は私の人生の中でとても貴重な体験でした。

今では、お互いパソコンを持つようになって当時のような情報交換をすることはなくなってしまったけれど彼女からの手紙やFAXは今でも私の宝物です。

無限のこの宇宙で出逢う奇跡・・・彼女の好きな曲の中の一節で締めたいと思います。お粗末様でした・・・。
| GLAYエッセイ | 12:59 | comments(6) | trackbacks(0)
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